大阪市御幣島で整体なら「さんわ鍼灸整骨院」。肩こりや腰痛の施術など様々な悩みに対応しています。

大阪市御幣島で整体、肩こりや腰痛の施術などをお探しなら。

ロゴ
地図

受付・住所

スタッフ紹介

  • HOME »
  • スタッフ紹介

院長:平野 泰生(ヒラノ ヤスオ)

■プロフィール

  • 1966年2月16日生まれ
  • A型
  • みずがめ座
  • 千葉県出身
  • 日本大学 農獣医学部卒
  • 明治鍼灸東洋医学院専門学校 鍼灸科・柔整科卒

■資格

  • はり師(国家資格)
  • きゅう師(国家資格)
  • 柔道整復師(国家資格)

■みなさまに一言
幅広い知識と繊細な技術、マニアックでさりげなく熱い治療家です。



3つ子の魂どこまでも

彼が子供のころは昆虫が大好きで、愛読書は何冊もの昆虫図鑑だった。

図鑑の中にいるまだ触れたことのない美しくも不思議な昆虫達を捕まえたい。

毎日ワクワクしながら、畑や田んぼ、原っぱ、雑木林へと出かけていっては、捕まえてきた虫を家の庭で放し飼いにした。

虫かごやら水槽には様々な昆虫、水がめには魚類、両生類。

やがて鳥や猫、犬など・・・いろいろな生き物への興味を膨らませながら、飼うこと、育てること、さらには繁殖させることの難しさ楽しさを覚えていった。

のちに彼は夢と現実の狭間で揺れ動きながらもごく自然に農獣医学部へと進む。

さらには、様々な分野の医療系の職を経ての今日、何かに導かれるかのように、“万物の霊長”を専門とするべく鍼灸師・柔整師として確かにここに立っている。

さて、治療所を構えるはここ歌島橋南詰。R2と交差する緑陰道路の自然が、四季の移ろいを感じさせてくれる。

街並みに調和するかのように、院の内外には沢山の観葉植物が並ぶ。

生き物を育て愛でる心は、今でもここに息づいているのだ。
治療室の扉を開けると、あふれだす優しい音楽につつまれ”こだわりの逸品”が目に飛び込む。


まずは、そのブルーを基調とした美しい ART DECOR GRAPHIC の自転車。

1998年モデルの ”COLNAGO MASTER OLYMPICOLNAGO04C” 年代モノではあるが、今なお古さを感じさせないところはさすがに名車。

そして、両脇に置かれた ”PMC” のフロアスタンドスピーカーが、臨場感たっぷりに美しい旋律を奏でている。

しかし、”なぜここに?” 実は、それぞれに彼の魂が宿るエピソードがあるのだが・・・


エピソード1:こだわりの“機器”が名曲を奏でる治療所

ちょうど小学校へ入学のころ、おたふく風邪にかかった。

古いアルバムには、耳下腺が腫れてパンパンに膨れ上がった顔の男の子が、真新しいランドセルを背負ってドヤ顔している写真が一枚。

実は、この時すでに彼の左耳の機能は、失われ始めていた。

“ムンプス難聴”最近の報告では、500人に1人の確率で発症しているとも言われ、音を感じる細胞が壊れて回復しないことから感音性難聴と呼ばれる。

幸い軽症ではあったものの、高い音への感受性は失われ、“本当の音”を聴くことは難しくなり、それはピアノのレッスンにも差し支えた?

以降、機能の落ちた左耳のコンプレックスと音を聴くことへの純粋なあこがれが、いつしかオーディオを趣味とする“音にうるさい!?身体の調律師”を世に生み出した。


20年近く使い込まれたmarantzのCDにLUXMANのプリメインアンプ、PMCのフロアスピーカーは、

かつて、日本橋の電気街が盛況のころ、休みの度にオーディオ専門店へ通い詰めて出会えた品々
これら、こだわりの機器が今日も治療所で名曲を奏でている。

彼曰く、”患者さんを優しい音楽で癒してあげたいからさ!”ともっとらしいことを言っているのだが・・・

彼をよく知る者は誰も信じていない。


エピソード2:特等席に“名車”が飾ってある治療所

あれは確か小学2年生・・・同級生の自転車屋の息子が乗っていたスポーツ自転車がとても魅力的で、当然ながら同じものを親にしつこくねだった。

~セミドロップハンドルに5段変速機、スーパーカーライトの付いた自転車~は当時みんなのあこがれの的。

「学校の成績がオール5だったら買ってやる」と親がニヤリと笑う。

自転車が欲しい・・・でも虫取りはもっと楽しい。

わが子の性分を十二分に把握していた親の圧勝だった!

その後家庭の事情もあり、自分の自転車を買ってもらうことなどとうに諦めていた中学生のころ、あるきっかけで、再び心はその欲求でいっぱいになり・・・

一気に加速した!

なにしろ悪友から廃車の部品をかき集めて自分で組み立てる術を伝授されたのだから。

自分で自転車を作って最高のセッティングで走る!こんな面白いことってない!

案の定、高校3年間は往復約20㌔をチャリ通し、暇があれば行きつけのショップにたむろして自転車整備の腕を磨いた。

運動音痴で球技はからっきしダメ、ただ持久走だけは得意だった彼にとって自転車との出会いは


特別な努力を要することなく、速く、遠くへと駆け抜けられる爽快感を味あわせてくれた。ZIKO05

夢中になった!

そして大学時代・・・、学業とサークル活動はもちろん等価。

仲間と共に自転車で日本中を旅するタフさと、レースで競うことのエキサイトメントを覚え

プロはだしのバイクメンテナンス技術を身に付けた青年に成長したのは必然である。

社会人ともなると、OBとして後輩主催のレースを荒らし、鈴鹿をはじめとする草レースに参加するなどその勢いは衰えることがない。


そして今なお、なんとも健気に週末のトレーニングにいそしむ自転車オタクのおっさん治療家は・・・

家族には理解されない”相棒”を治療所の特等席に迎えているというわけなのさ ♪


エピソード3:セラピスト・ロードを駆ける治療家

整形外科的な手術に使う脊椎インプラントの営業を行っていたある日、とある総合病院の整形外科部長との会話がきっかけになり、真剣に考え始めました。

”生物としての自己修復能力を最大限に引き出した医療こそ本物ではないのだろうか?それを主体的に実現できればどんなに素晴らしいことだろうかと・・・!”

そのためには、これまでの経験に蓋をして先入観を取り除いた全く別の視点から医療を考える必要があったのです。

出会いとは望んだときに訪れるもので、ふとしたキッカケから東洋医学にめぐり逢いました。

そこには西洋医学の枠を超えた可能性が存在していたのです。

細い鍼刺激で内なる自己修復能力を発動させる鍼灸治療、外傷をプライマリな処置で治療する柔道整復術、骨格や脊椎の位置を整えることで神経的、運動的な不調を取り除く整体術、カイロプラクティックなど。

さらにこれらは、技術を取得し資格を得ることで自身での開業が可能であることも知りました。

東洋医学的なアプローチに西洋医学的なシステムを融合した医療を提供する・・・!

ついに、自分の将来像がはっきりと見えてきたのです。

“自分の理想とする医療技術を提供したい!”早速、想いは行動に移されました。

2000年夏、まず鍼灸師の国家資格取得に向けて段取りを始めました、専門学校に夜間部があることがわかり、現職との両立を模索。

しかし、出張、残業、休日出勤が当たり前、ましてや管理職の立場としては、どう考えても会社に迷惑がかかることは目に見えていました。

本当に残念な思いで、理解ある上司、同僚、部下の協力のもと仕事の引き継ぎをする決心をしたのです。

土日の休日を使って入試対策勉強をしました。さらに退職後とその先を考え、当時公的な運営が開始されたばかりの訪問介護の仕事に就くべく、資格取得のための勉強も始めました。

医療系で患者さんと接することのできる職場、時間の融通が利く業務形態、自分が置かれた状況にはピッタリの仕事だったのです。

万事順調に運び、晴れて翌春、新しいスタートを切ることとなりました。

後ろ髪をひかれる思いで、お世話になった職場を後にし、大手介護事業所に非常勤として転職しました。

もちろん明治東洋医学院専門学校の鍼灸科・夜間部の入学も叶いました。

さあ、怒涛の4年間の幕開けです。

私のスケジュールは、盆暮れ正月、日祝祭日まで休むことなくみっちり埋め尽くされました。

早朝から夜中まで授業の合間に訪問介護の現場に入り、利用者様のお世話をさせていただきました。

おむつ交換、お風呂介助、買い物や炊事、洗濯、掃除など仕事は広範囲でした。

まさか独身時代の一人暮らしやわが子のおむつ換えの経験と訪問先への短時間での自転車移動能力が、ここで十二分に役立つことになろうとは思いもよりませんでしたが・・・!

深夜、一人での見守り介護で、末期がんの利用者様のご臨終に立ち会わせていただいたときには、医療に携わることの重責に身震いがしたことを今でも鮮明に憶えています。

同僚、ケアマネージャー、Dr、看護師、そしてもちろん利用者様ご本人とご家族との連携による医療の大切さを痛感しました。

まさしく高齢者、障害者介護の最前線を突っ走っていたのです。

2年目からは、守備範囲をさらに広げるためダブルスクールに踏み切りました。

柔整科の昼間部に内部受験をしたのです。

さらにスポーツ専門学校から非常勤講師の声もかかり、学校の授業時間以外は介護と併せて仕事で目一杯となりました。

こうして3年目の終わりには、はり師、きゅう師を、その翌年に柔道整復師の国家資格を無事取得することが出来ました。

鍼灸師資格を取得後は、介護職を離れて治療所勤めを始めました。

江坂や大国町の鍼灸整骨院、枚方の整形外科にて積極的に鍼灸治療、矯正術、リハビリテーションの実務経験を積んだのです。

特に開業直前までお世話になった鍼灸整骨院は、ペインクリニックの併設院ということもあり、難しい症例の患者様が数多く来院されていました。

骨折、脱臼をはじめ、難治性の首、肩、腰、膝の疾患、重症の交通事故、自律神経疾患、精神疾患などなど・・・。

院長とスタッフの治療に対する信念と技術レベルは高く、一般の整骨院では10年勤めても身に付けることの出来ないような治療技術が驚くほど短期間で血肉となっていったのです。

同じころ、医療専門学校の鍼灸科より非常勤講師のお誘いも受け、更に高い知識と技術が要求される現場で目のまわるような毎日ながら、臨床に教育と学問を補完させることに成功しました。

こうして集中的に、実によく学び、我武者羅に働いたことが、治療家としての急速な成長を実現させたのだと自負しています。

さて、平成18年5月。まさに不惑の年に、歌島橋の南詰めに位置するこの地で念願の開院。

3つの組織の調和を基本施術方針に掲げ、院名を”さんわ鍼灸整骨院”と名付けました。

”さんわ”とは、人の活動力を低下させる要因が、骨格(結合組織)・筋肉(筋組織)・神経(神経組織)の3つのいずれかもしくは、全てが障害されバランスを失った結果であることから

「膜(上皮組織)を通じて、他の3つの組織個々に回復性の刺激を与えて機能を改善、バランスを調和させ元の健康な状態に戻す手助けをする。」
との考えを反映させています。

余談ですが、春には桜が咲き乱れ、緑の多い理想的なロケーションに見つけた空テナントの名前はなんと!

・・・メゾンサンワ歌島橋?!当時のオーナーがサンワ不動産さん・・・

この運命?とも思える偶然で不思議な名前のご縁も、この場所での開院を後押したのはいうまでもありません。

院長として自らが判断し治療することの責務と裁量に充実感を憶えつつ、ご縁があって診させていただいた症例に一喜一憂する日々を送りながら、平日の診療時間を変則的にしてまで、スポーツ専門学校、鍼灸の専門学校への非常勤講師の仕事は継続していました。

また、休日は治療所を開放して、学生時代からの有志らと共に医療系の学生やスポーツトレーナの卵達に向けてのセミナーを開催していました。

平成21年より東京の府中市で開業されている紅葉丘整骨院の院長 梅原二郎先生とご縁があり、中国の伝統的な治療法である推拿矯正術(すいなきょうせいじゅつ)を学ばせていただく機会に恵まれました。

梅原先生は、日本で本物の推拿を教えている孫維良先生の推拿塾に参加し、その技術を余すところなく身に付けた方で、その術理・手技は私の考える3つの組織の調和と合致している点が多く「体系的に全身の調整を行える施術はこれだ!」と確信しました。

こうして、さんわ全身調整法は誕生しました。

それ以来、梅原先生の関西での手技セミナーは当院で開催していただき、多い時で年4回くらい西日本各地から治療家達が集まる一泊二日の集中実技セミナーをおこなってきました。

最近は、古流柔術の治療術である活法の手技やを惜しげもなく披露していただき、根源的な術で症状を改善する技を学ばせていただいています。


また、より機能的なninnteisyo01トレーニングをベースとしたエクササイズを提供するためにNPO法人日本ファンクショナルトレーニング協会(JFTA)に加盟しました。

現在、トレーナ指導のできる認定パフォーマンススペシャリストの資格を取得して登録しております。

JFTAの理事長である井上大輔先生とは、スポーツ専門学校の非常勤の頃からの知り合いで、スポーツジム”フィジカルバンガード”を経営する傍ら専門学校でストレングスの授業を受け持ち、一般向けのセミナーなども開催している情熱的な方です。

年に何度も渡米して、アスリーツパフォーマンス、IMG、マイクボイルS&Cなどのパフォーマンス施設で研修を受け、最新のトレーニング方法などを我々に提供してくれます。

その他にも、新しい施術法やトレーニング法、身体に関する事などのセミナーや勉強会には精力的に参加し、常に最新の情報を提供できるよう更なる知識や技術の向上に励んでいます。

なぜなら。

“さんわ”では、皆様自身の治る力を育てることを”治育”と称し、院の治療指針にしているからです。

私にご縁があった方々が、本来の自分を取り戻すために”治るという意識”の種をまき、”治ったという実感”の実りを得る。

そこから、さらに健康でもっと楽しい生活を送るための種まきをして一緒に育ててゆけること・・・!

それが、当院の存在価値でありたいからなのです。

また“治育”とは、私(平野)自身の”治せる力”を育てることも意味しています。

皆様を通じて、一人の治療家として人間的にも技術的にも成長をし続ける努力を惜しまないという意思表示なのです。

私の好きな自転車競技に、ただひたすら山を登りタイムを競う”ヒルクライム”という競技があります。

そして、私が歩む治療家人生もまた、このヒルクライムなのだと想っています。

全力で、ただひたすらに皆さんの症状を改善し、本来の生活を取り戻して喜んでもらえる。さらにより健全で幸せな理想的な生活が送れるよう確実にサポートできる・・・

そんな”ひとの健康”という山頂ゴールを目指して登り続ける治療家でありたいのです。

それが私のセラピスト・ロード(治療家の道)なのだから・・・

はじめての方へ

インターネット限定割引
「ホームページを見ました」と気軽にご連絡ください。

気軽にご相談・ご予約ください TEL 06-6477-9338 受付:9:00~20:00(土曜は13:00まで)
休診:日曜・祝祭日
住所:大阪府大阪市西淀川区姫里3-13-41
   メゾンサンワ歌島橋1階
最寄駅:御幣島駅徒歩2分
地図・行き方

症状一覧

当院について

外観

受付
9:00~20:00
(土曜は13:00まで)

休診
土曜夜・日曜・祝祭日

住所
大阪府大阪市西淀川区姫里3-13-41
メゾンサンワ歌島橋1階

最寄駅
御幣島駅徒歩2分

地図・行き方

気軽にご相談・ご予約ください

TEL 06-6477-9338

無料相談メール

PAGETOP
Copyright © さんわ鍼灸整骨院 All Rights Reserved.